TS(トランスセクシュアル)とTG(トランスジェンダー)に関するFAQ

−素朴な疑問編−

1998年3月29日
文責:野宮アキ
協力:優形愛,東優子

 FAQとはFrequently Asked Question(繰り返し尋ねられる質問)の略です。ここでは特に当事者以外の皆さんから多く出る質問や意見を抜粋し、その答を集めてみました。


【質問】
1. 性同一性障害は、精神病の一種ですか。
2. 性同一性障害は、同性愛(ホモセクシュアル)とは違うのですか。女性に好かれたい女性や、男性に好かれたい男性が、男性や女性のふりをするのだと思っていましたが。
3. 性同一性障害は、オカマやオナベ、ニューハーフとはどう違うのでしょうか。
4. 女装が趣味だという人がいますが、それとは違うのでしょうか。
5. 女性は、女性に押しつけられてきた性役割の見直しを進めてきたのに、MtFの人たちは過剰に女らしくしているように見えます。結局、そういう人は性の枠組みを変えずに男と女の「いいとこどり」をしているだけなのではないでしょうか。
6. 性別は染色体で決定できるのに、心なんていう曖昧なもので性別を決めるのには反対です。
7. 体を手術するより、脳や心を治療した方がいいのではないでしょうか。その方が簡単だと思います。
8. 両親から頂いた体にメスを入れるのに、抵抗はないのですか。
9. 性同一性障害の問題は、手術が成功すれば解決するのでしょうか。
10. 性同一性障害になる原因は何ですか。
11. まだよくわからない分野なら、焦って進めない方がよいのではないでしょうか。
  
【回答】

1.性同一性障害は、精神病の一種ですか。

 性同一性障害は現実の認識が困難になる、精神分裂病やそううつ病の様な精神病ではありません。診断者は、当事者が抱いている身体的性別への違和感が、妄想ではなく、「自分(身体)はどちらの性別に属しているか判っているのに、それを変えたい、直したい」と強く感じていることを確認した上で、初めて性同一性障害と判断します。すなわち、性同一性障害とは脳の性別が身体の性別やそれに属する社会的、文化的性別に適応できないため、様々な葛藤を生じる適応の障害です。
 ですから、性同一性障害は性別に対する違和感を感じること以外は、基本的には健常人となんら変わりがありません。適応の障害のために生じる様々な神経症は精神科的に治療します。そして、それでも性別違和感が取り除けない場合においてはホルモン療法や性転換手術が見当されます。 
2.性同一性障害は、同性愛(ホモセクシュアル)とは違うのですか。女性に好かれたい女性や、男性に好かれたい男性が、男性や女性のふりをするのだと思っていましたが。
 違います。一般にゲイ(男性同性愛者)の場合は、性自認(自分をどちらの性と思うか)は男性で、性的指向(性欲や恋愛の対象はどちらの性か)も男性です。つまり「自分は男性であり、男性が好きだ」ということで、「自分が女性である」と継続的に強く感じるようなことはありませんし、男性であることに誇りを持っている人も大勢います。一方、MtF(男性から女性へと性の変更を望む性同一性障害の人)の場合、自分が男性であることに違和感や不快感を覚え、自分は女性であると思ったり、男性であることを否定しようとしますが、恋愛の対象にするのは女性となるケースもあります。レズビアン(女性のホモセクシュアル)とFtM(女性から男性へと性の変更を望む性同一性傷害)の対比についても同じことが言えます。 
3.性同一性障害は、オカマやオナベ、ニューハーフとはどう違うのでしょうか。
 これらはいずれも俗語であり、明確な定義のあるものではありません。「オカマ」は同性愛(ホモセクシュアル)や性同一性障害などの性的少数者を混同して、かつ蔑称として使われることが多いようです。「オナベ」についても同様です。一方「ニューハーフ」は、出生時の性別が男性であることを公言しながら、女性として風俗関連産業(水商売、セックス関連産業)や芸能産業に従事する人を指す俗称です。このような人々の中には性同一性障害の当事者(MtFのTSやTG)も数多くいると思われますが、一方で性別違和のない人が女性性を演出するケースもあり、一概に断定することはできません。また、現実の制約や情報の不足から、ほかの職業を選択できずに風俗関連産業に就く当事者が多いことは確かですが、このような仕事に適性がなく悩む人も少なからずいます。 
4.女装が趣味だという人がいますが、それとは違うのでしょうか。
 手術を希望するMtFTSや、女性としてフルタイムの生活を希望するMtFTGの場合、これらの希望は強い性別違和に基づいたものであって、決して趣味と言えるようなものではありません。
 しかしながら、世の中には純粋に趣味として女装を行なう男性がいることも確かです。この2つが同じ原因に基づいたものか、あるいは全く別のものであるのかについては、様々な意見があり一概に語ることができません。しかし「女装趣味」と見なされる人(または自分でそう発言する人)の中にも、軽微な性別違和を持つ当事者がいることはあり得ますし、実際に医療機関の門を叩く前に女装クラブのようなところへ通っていたMtFのTSやTGもいます。 
5.女性は、女性に押しつけられてきた性役割の見直しを進めてきたのに、MtFの人たちは過剰に女らしくしているように見えます。結局、そういう人は性の枠組みを変えずに男と女の「いいとこどり」をしているだけなのではないでしょうか。
 一部の当事者だけを捉えればそのように見えることがあるかもしれませんが、実際の当事者にはいろいろな人がいます。必ずしもMtF/FtMの全てがステレオタイプな女性/男性像を選択しているわけではありません。性同一性障害者が性役割を生来の性から希望の性に移行する過程で、それまで抑圧していた感情が噴出して、過剰にその性役割をまとう時期を経る場合もあります。また、ステレオタイプな女性/男性像を選択しているように見える人でも、周囲との摩擦を避け社会に溶け込むために、やむを得ず行なっている場合があります。さらに、実際に女性としての被差別を体験しているMtFも数多くいます。例えば女性として就業しているMtFでは、男性として就業していたときに比べ半分以下の収入から生活費や必要な医療費を拠出しているケースがあります。 
6.性別は染色体で決定できるのに、心なんていう曖昧なもので性別を決めるのには反対です。
 性別を染色体で決定できるというのは厳密には誤りです。一般には性染色体がXXなら女性、XYなら男性と言われていますが、実際にはXとYの染色体のうちのごく一部しか性の決定には働きません。したがって、形がXやYでもその一部が異なっていたり、別の代謝異常でホルモンの分泌が働かないケースもあります。例えば性染色体がXYでも出生時に女性と判断され、身体的外見および性自認も普通の女性として育つ場合があります。このような場合に染色体がXYだから男性と判断する、と決めるのはかえって本人や周囲の混乱を招くだけでしょう。実際に、スポーツの世界大会では染色体の確認を意味がないものとして取りやめる傾向にあります。肉体の性だけをとってみても、外見、性器、生殖能力、染色体などさまざまな要素で構成されており、必ずしも全てが一致しているとは限りません。 
7.体を手術するより、脳や心を治療した方がいいのではないでしょうか。その方が簡単だと思います。
 過去には、同性愛や性同一性障害を精神の異常と考え世界的に多くの治療が行われた時期がありました。しかし、電気ショックや投薬まで含むそれらの試みは、ごく一過性の効果を示すことはあっても、恋愛の対象や性別の違和感そのものを変えることはできませんでした。その後の様々な研究では、同性愛や性同一性障害は脳の性別に関わる問題であるという仮説も言われており、現在の医療水準ではこのような脳の働きそのものを治療することは不可能と考えられています。
8.両親から頂いた体にメスを入れるのに、抵抗はないのですか。
 手術を望む性転換者の中でも、体にメスを入れることに抵抗のない人は少ないと言ってよいでしょう。さらに多くの人が周囲を傷つけたくないと考え、特に両親に対して罪悪感を感じています。しかし間違った性別の体に閉じ込められているという心の苦しみは、体を傷つける痛みを遥かに上回るため、強い性別違和を持つ人の場合、手術は「選択の余地がない選択」とも言えます。それほどの強い性別違和を持たない人の場合は、手術を選ばずにホルモン療法にとどまることもあります。また、生まれた性別でパートナーや子供を得ている人の中には、家族を思う気持ちからホルモン療法をも断念する人もいます(一方で、耐え難い性別違和感から手術に踏み切る人もいます)。いずれにしても、本人の身体への違和感や不快感の程度と、周囲との人間関係、両親への思いといった多くの要素が絡み合った上での決断です。 
9.性同一性障害の問題は、手術が成功すれば解決するのでしょうか。
 性転換者は手術が成功しても、社会が当事者を望みの性で受け入れられるようにならなければ、多くの当事者にとっての問題は解決しません。これには戸籍や婚姻など法律的な制度が大きく関わるものや、就職や住居など法律だけでは解決できないものがあります。また、全ての性同一性障害者が性器の形成手術を必要としているわけではなく、ホルモン療法によって身体的特徴がある程度変化すれば満足する人も多くいます。このような人々が手術を受けていないからというだけの理由で望みの性で生活することを阻害されたり、就業などの機会において差別されるような事態は望ましくありません。 
10.性同一性障害になる原因は何ですか。
 現在のところ、まだ明らかにはされておりません。有効な仮説には幼児期の発育に原因があるという説と、胎児期の性分化の過程に原因があるという説の2つがありますが、数々の研究例から、前者の説は少々不利となり、後者の説の方が有利になってきています。 
11.まだよくわからない分野なら、焦って進めない方がよいのではないでしょうか。
 確かに原因や治療の方針について、わからない点が多いのは事実です。しかし、欧米などではすでに50年以上前から手術を含めた治療が行なわれており、臨床的な実績もあがっています。また、5カ国がすでに性転換法を定めています。慎重の上に慎重を期す必要があるのも確かですが、例えば国内での性転換手術が先に延びれば延びるほど、海外の医療や、公にならない医療行為に頼る当事者が増えるのも確かです。海外での医療は、充分な精神療法が行われなかったり、手術の技術に問題がある場合があります。例え技術的に高いレベルのものであっても、費用がかさむ、医療がうけられる人が限定される、また手術の前後に長期間の継続的なサポートを行なえるか、他の病気や事故で治療を受ける際に十分な情報を伝えることができるかといった点で不安があります。このため、一刻も早く国内での医療体制を充実する必要があります。 

[ホーム][データと資料]