「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の成立に際してTNJでは、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の成立に伴う
7月10日の記者会見(性同一性障害についての法的整備を求める当事者団体連絡
協議会主催)で、以下の見解をメディア各社に配布し、アピールを行いました。
「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の成立に際して
本日、衆議院本会議において「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する
法律」(以下、本法律)が可決・成立しました。これに関して、TNJ : Trans-
Net Japan(TSとTGを支える人々の会)の運営メンバー一同の見解を以下に示し
たいと思います。1 本法律の成立について
法学的見地からの議論については様々な見解があるものの、現実の審判では性
同一性障害を理由とした性別の訂正・変更は、一部の非公開例を除いてそのほと
んどが否定的な結果となってきました。特に、2000年の東京高裁の判断では「立
法に委ねるべきもの」との見解が出され、司法的解決の道は閉ざされてきたに等
しい状況でした。本法律は、このような現状を打開するものとして大きく評価で
きます。
また本法律は、国内では初めて、「性同一性障害」への対応を明文で謳った法
律であり、これまで偏見にさらされることの多かったこの問題についての公的な
認知を示すものとしても評価すべきものと考えます。
しかし、他方では、本法律の内容は当事者の多様な実態に対応したものではな
く、大きな課題を含むものであることも事実です。さらに、性同一性障害をもつ
者が直面する問題については、法的な性別の変更だけでは解決できないものもあ
り、今後も引き続き公的な取り組みが求められます。2 本法律の内容に関わる課題について
(1)「子どもがいない者に限る」ことの問題
本法律の第三条には、性別の変更の審判ができる要件として「現に、子どもが
いないこと」と記載されています。
しかし、これに関しては、以下のような理由から問題があると考えられます。○性別を移行して暮らす当事者の中には、子どもをもつ者が少なからずいます。
法的な性別変更を認めるか否かとは別に、子どもにとって戸籍上の「母親」が男
性であったり、戸籍上の「父親」が女性であったりするようなケースは、実態と
して存在します。
○生活実態と法的な性別の不一致により、就労の面で不利な状況に置かれること
が多い中で、子どもを扶養している者もいます。子どもにとって、親の法的な性
別が変更されないと、経済的な状況は改善されません。
○親の「生活実態上の性別」と「法的な性別」が食い違っていることで、学校や
地域社会において、子どもが様々な差別を受ける可能性があります。
○「子どもの有無」を要件とすることは、他のいくつかの要件と異なり、本人の
意志や選択が全く介在する余地のない条件を作り出すことになり、新たに深刻な
人権問題を産み出す事にもなり得ます。
○性別の変更についての立法を行なっている諸外国においても、子どもの有無を
要件とする国はありません。このような観点から、この要件は、子どもをもつ当事者のみならず、その子ど
もの幸福という観点からも好ましいものではなく、本法律の最も重要、かつ速や
かに改善されるべき課題と考えます。(2)その他の検討されるべき課題
性同一性障害をもつ者の実態は多様であり、子どもをもつ者のほかに、法的に
婚姻している者もいます。生物学的に男女の中間的特徴を備えている場合でも、
法的な性別と性自認の不一致に悩むケースは存在します。
また現実に、性別適合手術を受けている人は、「ホルモン療法を受けている
人」や、「性別を移行して暮らしている人」の中でもごく一部にすぎません。例
えば、第三条の「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似
する外観を備えていること」といった要件を満たす上では形成外科的手術を受け
ていることが必要と考えられますが、年齢や健康上の理由から手術に耐えられな
いなどのケースがあることも想定されます。こうした「手術を要件とすること」
についても、今後、検討がなされていくべきと考えます。3 今後求められる公的な取り組みについて
(1)性別変更の審判に関わる要件の改善
前記2を踏まえて、性別変更の審判に関わる要件の緩和が求められます。特
に、第三条の「現に、子がいないこと」については、何よりも優先すべき課題と
してその改善が強く求められます。(2)公的書類からの性別欄の削除
法的な性別の訂正・変更が実現したとしても、それで法的な性別に関わる問題
が全て解決するというわけではありません。本法律は、ごく一部の、一定の条件
にあてはまる人を救うものでしかありません。
また、今後、審判に関わる要件が緩和され、法律がより実態に即したものに改
正されたとしても、その基準から外れてしまう人は常に存在すると考えられま
す。したがって、当事者の多くを救済するためには、公的書類から不要な性別欄
を削除することが求められます。現在、地方自治体レベルでこのような性別欄の
見直しが行なわれていますが、国や民間の各機関においてもこのような動きが拡
大してゆくことが強く望まれます。(3)その他の重要な問題
生活の安定しない当事者にとって、一生に渡って続くホルモン療法の費用や、
高額の手術費用は大きな負担となりますので、これらの費用に対する健康保険の
適用が求められます。
また、現状では審判の要件に該当しない当事者が多いことも踏まえ、就労差別
を初めとした多くの差別の撤廃に向けた施策が求められます。<付記>
当事者運動という観点から見た場合、本法律の成立は、運動のゴールではな
く、あくまでも出発点でしかありません。今回の立法は、性同一性障害の存在が
国会という公の場でようやく認められたということであり、現実に即した、多様
な当事者一人一人のかけがえのない人生を尊重する施策を求めるための活動は、
これをスタートラインとして進めていく必要があると考えています。2003年7月10日
TNJ : Trans-Net Japan(TSとTGを支える人々の会)運営メンバー
虎井まさ衛 野宮亜紀 東優子 森野ほのほ 森本エム 山口いさえ 山路明
人(50音順)
注)TNJ : Trans-Net Japan(TSとTGを支える人々の会)は、1996年から活動し
ている、性同一性障害、トランスセクシュアル、トランスジェンダーの支援・自
助グループです。埼玉医科大学倫理委員会の答申発表をきっかけに、日本国内に
性同一性障害者のための支援・自助グループがないのはおかしいという思いから
発足しました。当事者やその家族、パートナー、支援者(医療関係者、カウンセ
ラーなど)を対象とした学習会や体験交流会のほか、一般公開のシンポジウム等
の開催、資料集の発行などを行なっています。ご連絡先:ファクス 020-4665-6176 電子メール tnjapan@yahoo.com
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